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原田伊織著 三流の維新一流の江戸  「官賊」薩長も知らなかった 驚きの「江戸システム」

 初代内閣総理大臣伊藤博文は、暗殺集団の構成員であり、自らもテロ行為に手を染めている。また、維新の精神的支柱とまでいわれる吉田松陰は、事あるごとに暗殺を主張した。

 桂小五郎木戸孝允)たちは、天皇を「玉」と呼び、「玉を転がす」とか、「玉を抱く」などと平然と言い放っていたことは、長州人に許されざる思い上がりがあったことを端的に示している。

 福澤諭吉は、「新聞記者は政府の飼い犬に似たり」と断罪したが、確かにこの国のメディアは御一新以降、常に社会をミスリードしてきたといっても過言でない。

 中国大陸侵略の尖兵であったジャーディンマセソン社の日本総代理店グラバー商会が薩長討幕派の武器調達を担当した。この時、その運搬などを担って働いたのが土佐藩出身の坂本龍馬を中心とする「亀山社中」であった。

 歴史上例をみない醜い日本文化の破壊活動「廃仏毀釈」は、薩長新政権が打ち出した思想政策によって惹き起こされた、直接的には仏教施設への無差別な、また無分別な攻撃、破壊活動のことを言う。文化財の破壊という点のみでいえば、イスラム原理主義者による文化財の破壊より規模は遙かに大きかった。

 江戸期には「四口」といわれる四つの対外貿易窓口が存在した。長崎口、対馬口、薩摩口、蝦夷口がそれである。

 ポルトガル商人に対して日本人の輸出許可証を発行していたイエズス会は、日本人奴隷の輸出が日本における布教の妨げになることに気付き始めた。ポルトガル国王は、1570年、日本人奴隷取引の禁止勅令を出したが、勅令は完璧に無視された。そこで秀吉は、「伴天連追放令」を発令し「人身売買停止令」も併せて発動した。 

 1690年に来日したドイ出身の医師エンゲルベルト・ケンペルは以下のように述べている。「この国の民は習俗、道徳、技芸、立ち居振る舞いの点で世界のどの国にも立ち勝り、国内交易は繁盛し肥沃な田畑に恵まれ、頑健強壮な肉体と豪胆な気性を持ち、

生活必需品は有り余るほどに豊富であり、国内には不断の平和が続き、かくて世界でも稀に見る程の幸福な国民である。」