中田考著 帝国の復興と啓蒙の未来

 トルコが文明の再編の鍵を握る。仮にエルドアン政権が政敵によって打倒された場合、イスラーム主義者と世俗主義者の対立が激化し、トルコは内乱に陥り、シリア化することが予想される。内戦状態になった場合、トルコから1000万人規模の「難民」がヨーロッパに押し寄せることになり、ヨーロッパの「ムスリム難民問題」は制御不能になり、新たな秩序構築のためにやはりヨーロッパは新たな根本的な変化を伴う再編を強いられることになる。

 「新しいグレートゲーム」の主プレーヤーは中露、そしてトルコである。トルコ共和国が、イスラーム文明の世界国家オスマン朝の継承国家であっただけでなく、チュルク民族が過去1000年にわたり、宗教のアラブ民族、学問のペルシャ民族と並び、武のチュルク民族として、イスラーム、特にセルジューク朝以来スンナ派イスラームを支えた三大民族の一つであった。

 イスラーム文明圏には中核国家が存在しない。シーア派には曲がりなりにも中核国家イランが存在するが、イスラーム教徒の絶対多数を占めるスンナ派は、主導権を巡ってサウジアラビア、トルコ、エジプト、パキスタンなどが競合、対立しており、まとまりを欠く。イスラーム世界は、西欧の世界支配の枠組である現行の領域国民国家システム自体を揺るがす可能性を秘めている。

 欧米の没落は、アメリカの経済、軍事力の衰えだけによるものではない。「自由民主主義」の欺瞞が、インターネットによる情報のグローバリゼーションの進行の中で、もはや維持し誤魔化し通すことができなくなったことによる。独裁者たち、そして「テロとの戦い」などの名の下にやってきた国連や欧米の侵略者たちの兵器により為す術もなく殺される人々を見殺しするだけでなく、そこから逃げ延びて来る者の移動の自由を奪い、国境という牢獄の檻の扉を閉ざす「欧米」には、もはや自由、人権、民主主義、そして文明の擁護者を名乗る資格はない。

 30万人の死者、500万人の難民を出したシリア内戦、「テロ」対策の名の下に万単位の国民を平然と殺すことができるアサド政権は、ブッシュの「テロとの戦争」が生み出した警察国家ディストピアの戯画であり、それは明日の日本の姿かも。

 過去において多くの文明と共存し、それを統合し発展してきたイスラーム文明の歴史の中には、西欧文明の病理であるナショナリズムの差別主義、排外主義と全体主義的システム独裁に対する解毒剤、有効な処方箋が見つかるかもしれない。