本村凌ニ 監修 30の「王」からよむ世界史

 
 太宗

隋に続いて中国の統一王朝となった唐。隋が僅か37年で崩壊したのに対し、唐は289年もの長きにわたって繁栄を続けた。その基礎を築いたのが、李世民こと第2代皇帝・太宗である。太宗の死後にまとめられた「貞観政要」は源頼朝徳川家康が治世の参考にした。

永楽帝

元に代わって中国大陸を統治した明は、およそ100年ぶりに誕生した漢民族の王朝。

 清朝滅亡まで皇宮として使われ、現在のランドマークとも呼べる紫禁城は、明王朝の第3代皇帝・永楽帝が造営し、1420年に完成したもの。

 永楽帝の父である洪武帝は非常に猜疑心が強く、31年の皇帝在位期間に謀反の疑いなどで処刑した家臣らは、連座した一族も含めると数万人に上る。

 永楽帝も、高名な儒学者の方孝ジュの一族・門人873人を処刑している。

 スレイマン一世

 中世の後期、地中海とインド洋の双方に面する西アジアの主導権は、アラブ族からトルコ族へと移る。オスマン・トルコ帝国は、東ローマ帝国ビザンツ帝国)の築いた国際都市コンスタンティノープルを引き継ぎ、北アフリカから東欧、アラビア半島までを支配下に置いた。

 その最盛期を築いた第10代皇帝スレイマン一世の治世では、キリスト教徒やユダヤ教徒は保護され、国境や民族にとらわれることなく優秀な人材を活用し、多文化共生の帝国が成立した。